書籍紹介

 
阿呆者
車谷長吉
 
 
 
 
四六判上製/定価1680円/2009/02
ISBNコード:978-4-403-21099-0
打算のことを、西欧では計算主義的理性と言う。 その意味で「打算的人間」とは、すなわち「近代人」ということである。私は近代人と付き合っているうちに、次第に、もう人間ではいたくないな、と思うようになって来た—— 文学に命を賭けた「阿呆者」が、この世という「苦の世界」を抉り出す!

詳 細

昭和三十六年春、私は県立姫路西高等学校の入学試験に落第した。やむなく市立飾磨高等学校に入学したが、呆然自失——。自棄糞になって、以後二年間、播州の山野を駆けめぐった。蝶を殺すことが目的だった。が、三年生の五月、ふとしたことから夏目漱石「こゝろ」を読み、死んだ者が生き返るような清気を得て、以後、学校の図書室で岩波書店版漱石全集を全部読んだ。以来、六十二歳になる今日まで、文学一筋に生きて来た。こういう私の生き方を嘲笑う人がたくさんいた。ことに三十代の八年間、料理場の下働きをしていた時は酷かった。ところが以後、三島由紀夫賞や直木賞を貰うと、人はぺたりと掌を返すのだった。さもさも私を偉い者のように取り扱うのである。これには呆れた。依然として私は阿呆のままである。さんざん苦労を舐めさせた母親に言わせれば、おまはんほど気むずかしい阿呆はおらへんわな、ということになるのであるが。——「阿呆者」より

目 次

1 愛別離苦
怨憎会苦
求不得苦
五陰盛苦
2 文学の基本
石見紀行
西行
源実朝
一休
もう人間ではいたくないな
萬鐵五郎の美人画
3 ある恐怖展
阿呆者
4 ある読書体験
夏目漱石「夢十夜」
美人の小説
「史伝 隠国」あとがき
聖者の歌
湯川書房で出してもらった小説や句集
はじめての聞き書き小説
内田百間小論
嘉村礒多の業苦
中島敦「山月記」について
芥川賞と直木賞
5 政治について
モモちゃんの行方
無関心・好奇心・おしゃべり
まさかの坂を上って
なりの悪い男
ぽろり
沼津千本浜公園
コロッケ
本郷の坂道
ネオン
日本人と宗教
世捨人
電気
私の駆け出し時代
私の母
父・市郎のこと
お四国巡礼を了えて
でもしか教師
羞恥心のない男
私の好きな一句

著者紹介

車谷長吉(くるまたに・ちょうきつ)
昭和20年、兵庫県飾磨市(現・姫路市)生まれ。慶応義塾大学文学部独文科卒業。広告代理店勤務、総会屋下働き、下足番、料理人などを経て、平成4年に上板した初作品集『鹽壺の匙』で藝術選奨文部大臣新人賞、三島由紀夫賞を受賞。平成9年に『漂流物』で平林たい子文学賞、平成10年に『赤目四十八瀧心中未遂』で直木賞を受賞。平成13年には「武蔵丸」で川端康成文学賞を受賞した。